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予科練習生を偲ぶ
 雄翔館             上へ戻る
    飛行予科練生は、全国で約24万人が教育を受け18,564人が戦死。.
 雄翔館は、予科練出身者により設立され約1500点の遺品が収集されています。
  出撃前に決意を書いた遺書、家族への手紙や遺品などを展示されています。
 雄翔園             上へ戻る
 予科練の歴史は、創設以来終戦まで僅か15年に過ぎなかったが、祖国の繁栄と同胞の安泰を希う幾万の少年たちが全国から志願し、選ばれてここに学びよく鉄石の訓練に耐え、桜花よりも潔く美しく散った、祟高な事実を銘記し英魂の万古に安らかんことを祈って予科練の碑を建造しました。
   
         碑   文         予科練之碑
   
  周りの池は全国の石を日本の地図に見立てています。  中央の芝には、七つの石が配置され 『七つボタン』を
   
   中央の芝は『桜の一片』を      周りの石畳みは『錨』を
   
  予科練之碑の前の石畳は『杯』を        荒鷲の歌の碑
 青宿の防空壕             上へ戻る
  昭和20年6月10日の阿見町への大空襲で土浦海軍航空隊は壊滅
折から本土防衛の水上特攻要員編成中の飛行予科練習生を中心とする、隊員ら281名が隊内及び周辺で散華しました。
 遺体は軍関係者及び住民たちが荼毘し遺族に引渡され、法善寺(土浦市)に
墓碑が建立さています。
   
 階段左側に直撃弾2発を受けた場所  被爆跡記念之碑(階段を上った場所)
   
    墓 碑 法泉寺(土浦市)  
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 予科練平和記念館  雄翔館  雄翔園  青宿の防空壕
 予科練平和記念館             上へ戻る

 昭和14年に横須賀海軍航空隊から海軍飛行予科練習部(予科練)が霞ヶ浦海軍航空隊に移転となり、翌 昭和15年に予科練教育を専門に行う土浦海軍航空隊が開隊となりました。
 予科練平和記念館は予科練の日常生活用品・教育などの資料や展示を公開しています。