(観光・公園・祭り・古木)
 宇津木家の椎  神田池の夕輝  水神宮から みた霞ヶ浦  茨大通り
 阿見飛行場  阿見町 総合運動公園  君島のひょっとこ  福田の奇祭
       
 宇津木家の椎 (阿見町指定天然記念物)  
   この木は、宇津木家の屋敷林の南斜面にあります。当地方には単にシイとよんでいるが、標準和名はスタジイで、またイタジイの別名がある。阿見町には、屋敷林・庭や公園などに個体数は多く、巨樹・老木もすくなくないが、この樹は断然超越し、風格十分、町のの天然記念物の名に恥じない樹齢は約500年と推定される、樹幹の南側に大きな空洞があり、樹勢は衰退気味である。
 胸高周 6m 樹高 16m
 神田池の夕輝     (全国ため池百選)  
   この辺りが仙台領地であったころ、元禄時代(1690年代)藩により水田灌漑のため修復された池で、300年もの由緒があり面積は2.3ヘクタールである。
 この池には、昔から鯉や鮒その他の小魚の種類が多く既に他の地域から姿を消した貴重なものもいる。地元では、魚釣りなど憩いの場所として、周辺の保存に努力している。名にし負う夕陽の景観もさること乍ら、町域で数少ない、豊富な自然を残す場所である。
 水神宮からみた霞ヶ浦  
   国道125号線大室バス停から湖岸へ約200mの堤の上に、水神宮の祠がある。堤に立ち湖面の広大さと対岸の新治郡出島村の集落が点在し、右の突端に歩崎観音の森が霞んで見える。更に左北方には筑波山と麓の連山、土浦市の中心街、川ロ付近から手野、沖宿などの町並みが連なっている。
眺望は四季や天候、朝タによって変化に富んでいる。水神宮は魚族の繁殖などを司る神といわれている。
 茨大通り  
   大正11年霞ヶ浦海軍航空隊が開設され、その後茨城大学農学部となり、その敷地を南北に通る道路は、阿見の象徴する平和のモニュメントが建ち、春の桜風景場にもなっている。道路は県道竜ヶ崎阿見線の新町中郷線と称し、坂下から中郷歩道1511mある。
 道路北(中郷西)にかつてを偲ばれる全国の海軍航空殉職慰霊塔や県道側に町の慰霊碑が建立されている。
 阿見飛行場  
   阿見飛行場は、島津の台地に昭和55年完成した。日本では比較的新しい軽飛行機専用の飛行場である。
 広さは10万平方mで、滑走路の長さ720m、幅60mである。近距離の遊覧飛行をはじめ、放送宣伝、取継、スカイダンビング等多様に利用されている。また、格納庫やその周辺に自家用機も多い。
 阿見町総合運動公園  
   阿見町は都市化が急激に進み人口も増加し、それに伴いスポーツ人口も増えその需要に応じるため、昭和57年から総合運動公園を整備されてきました。
 公園の周りには、緑豊かな樹木に囲まれ
周囲に人家がないため施設の環境は良い
 他にも水生植物園、吉野桜や八重桜が咲き誇る桜の森もあり、花見の場にもなています。
 季節を問わず来園者を楽しませています。
 君島のひょっとこ
          (阿見町無形民俗文化財)
 
   君原は稲敷中央部の農村地域ですが、元治元年(1864)の夏に突如悪疫が流行しました。特に可愛いさかりの子供が次々と病魔に襲われ、「悪病神を退治するには天皇様を祭るのが良い」と尾張の国から八坂神社の御神体を迎え、また3年後に御神輿も完成させ、御神体も安置したので、五穀豊穣、悪疫退散と村の安泰を祈願し慶応(1867)から盛大なお祭りが行われた。
 その後祭礼にあたり、江戸崎におもむき、ひょっとこの奥義を学び、山車の上で披露してきました。
 福田の奇祭  
   この祭は旧の11月15日〜16日に収穫感謝と子授け祈願をかねて行われ、性に関する奇祭として有名である。祭の起源は、疫病のため死者が多く出て、その復興のためと伝えられる。祭の当家に送り継いできだ『諸入用覚帳』から江戸中期よりの起源が読みとれる。
 祭の2日目は来年の当家への引継道中で、シオフキ面とオカメ面の2人が大根製の男根と女陰を持っての滑稽なしぐさ、当家渡しの宴会での性的な所作を含む諸行事がある。